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基本は仮プレイング置き場
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雨が降っている。
絶え間無い白糸のように続く雨が、静寂の森に幕を落とす。
聞こえるのは木々の葉を水滴が揺らす騒めきと、空を切るノイズ。
余りにも寂しく、余りにも無慈悲に全てを洗い流すようなソレを、人は涙雨と呼ぶのだろうか。

…だとすれば。

まるで繰り手の居ない操り人形のように、木陰に座り込んだ少年の命をも洗い流すのまた必然だろうか。
直接浴びる雨粒は少なくとも、冬も近いこの時期に放って置けば遠からず少年は冷たくなるだろう。
その可能性を知りながら、少年は動こうとしない。
動けないわけではなかった。動く意味を持っていなかった。
或いは…、死ぬことを望んですらいたのかもしれない。

----ああそうだ、死ならこの場に溢れているだろう?

誰かが少年に囁いた。
否、この場には誰も無い。「誰」と形容できる「モノ」は少年だけだ。
ならば、声は少年の内側から沸き上がるものに他ならない。

(ああ…そうだ、オレはこの光景を知っている。臭いを知っている。感触も覚えている)

光の無い眼を開き、少年は現実を記録する。
雨粒が叩くのは地面だけでは無く、少年を中心にして広がる《黒い影》は木陰が作る影をゆうに越える広さを占める。
鼻を突く《臭い》は雨特有の水気を帯びた「匂い」ではない。それ以上に錆びた鉄と同じニオイが充満している。

----何を呆けている?「ソレ」が何かなど当に知っているだろう?

力の無い手に触れる「水溜り」は心なしか《滑り》を帯びている。
何も遠回しに考える必要は無い。己の直感に従うならば答えは出ている。

それは血、人を生かすものだ。
奪われれば死に繋がるものとも言える。

その認識が引鉄となったのか、少年の意識が少しだけ現実に焦点が定まる。

(…何だ?)
----何を問う?

問いへ即座に声が返ってくる。

(これは何だ?)
----死だ

彼の疑問は回答によって上書かれる。

例えば、男の命は五つに断たれていた。
例えば、女の命は二つに断たれていた。
例えば、既にそれは男女の区別すらも断たれていた。

見渡せば、まるで組み立てることを放棄したプラモデルのように、あらゆるパーツが転がっている。
違うと即座に少年は認識を改める。逆だ、完成品が不完全な形へ逆行したのだと。
それは二度と覆らない結果で、取り返しのつかない喪失。

故に「死」。それ以上に明確な回答は無い。

(何故だ?)
----我が力ゆえに

「し…知らない…」

震える声で少年は口を開く。声帯を用いても、聞くものなど誰もいないというのに。
現実には、少年の問いに答えられる者などいない。

----全て殺した。殺し尽くした。しかし…まだ足りぬ。同じ業を背負った者がいる限り、真に全てを殺し尽くさぬ限り

声はなおも内側で響く。

「そんなこと…オレは望んでない!望む理由が無い!」

閉じていた少年の意識が「声」を跳ね除けようともがき、雨音を裂いて叫びが木霊す。

----嘘だ。他が死を望む理由なら幾らでもあったはずだろう

しかし…、「声」は揺るがない。
あがきは所詮あがきだと、意に返すことなく少年の意識を侵していくだけだ。

----我は汝。古より受け継がれし血脈に潜みし闇、「万死を望む影」

少年の記憶が混濁する。
瞳が濁り、全ての生を疎ましいものと認識し、与えられた業の「正しい」使い道を入力される。
少年は少年で無くなるだろう。…だが、そうであったことすら現実からは消え去る。
故に万死。死に魅入られた剣の司法者の成れの果ては、自らをも殺す歪んだ衝動に駆られていた。

されど、少年は抗う。
父の記憶を持って。
少年は抗う。
数多の地を渡り歩いた記憶を持って。
少年は抗う。
かりそめの時であっても通じ合った友人の記憶を持って。

故に少年もまた死を望んだ。
身に巣食う闇を殺すために。

ただ、それはやはり僅かばかりの抵抗でしかなく、圧倒的な侵食は止まる事を知らず、少年の意識は消え行くだけだった。


「あら?随分と趣味が悪い派手なオブジェが転がってるわね…」

絶望的な状況に一石を投じたのは、そんな女の声だった。
薄れかけ、黒に塗り潰されかけた視界に「白い影」を少年は見た。

(誰だ?)
---誰だ!?

二つの意識が異なったニュアンスで人影を見定める。
少年への侵食が止まる。しかし体の主導権はまだ戻っていない。
それでも…折れかけた心を無理やりに繋ぎ留め、必死に言葉を搾り出す。

「に……げろ………」

これ以上、犠牲など要らなかった。
誰かは知らない。知る必要も無い。
理屈抜きで理不尽に殺されて良い誰かなど居ない。

(オレが《死ぬ》までは、この人を追うことはできないよな…?)
----往生際の悪い真似を!!

少年は《死ぬ》ことに恐れは無かった。
《生きる》ことに執着は無かった。

ただ、《別の死》が齎される事だけは我慢ならなかった。
「死を殺すための意志」を今望める唯一の抵抗に少年は全霊を注ぐ。

「…そう、気まぐれに散歩をしてみれば、面白いものに出会えたということね」

そんな少年の意思を嘲笑うかのように、運命は僅かな望みすらも絶つ。
逃げろという言葉が彼女には通じていない。
聞こえなかったのか、或いは…或いはこの女も「同類」なのか。

ふと、少年の脳裏に状況の異常さが鮮明に浮かぶ。
第一に思うべきことが完全に抜け落ちていた。

誰だ?という疑問と同時に、こんな場所にふらりと立ち寄るようなことがありうるのかと。

「ふぅ…ん?もしかして堕ちかかってるのかしら?それは厄介ね、話の一つも出来ないのは困るわ」

そう呟くと、女は少年に向けて手を翳す。

「…Ecce Cor Meum.」

聴き覚えの無い言葉が放たれると共に、全ての視界が一瞬で塗り替わる。
鬱蒼とした森と雨はそのままに、十字架の形にくり抜かれた瓦礫に少年は拘束されていた。
そして足元から胴の辺りまでは黒い影のようなものが包んでいて感覚が無い。

「ハーイ、坊や。手っ取り早く来てあげたわよ」

「アンタ…いったい?」

「…魔女。信じるも信じないも好きにすれば良いけど、とりあえずそう言っておくわ。
それはともかく、どうもあんまり悠長にもしてられないから要件を済ませたいのよね」

銀の髪に眼鏡。手にはゴシック調の洋傘。これだけなら何処かの貴婦人をも思わせる。
しかし、野暮ったいロングスカートと羽織ったロングコートで、その姿はさながらローブを纏う魔女。
加えて足元には黒い犬が伴われている。
女は含みのある笑顔を浮かべながら自らの有り様を名乗る。
少年に信じないという選択肢は無かった。あるとすれば「善い」のか「悪い」のか、どちらなのかと。

「なら、頼みだ。急いでオレを殺してくれ…!出来ないなら逃げろ…!」

助けてくれとは言わなかった。
例え自分の意思でなくても犯した罪を償う…などと、そんな甘い考えではない。
今救われたとしても、再び同じことが起こる。
《死を望む影》は文字通りの「影」。何処までも少年に付いて廻り、決して消せぬもの。
…ならば、望むべきは死。次が訪れない明確な終わりを望むべくして他に無い。

「良い判断ね。そう、坊やが救われる道は、結局は何かを殺して得る道しかない。それは自分を含めて…ね。
でも、もう一つ道があるわ。聞きなさい、そして選びなさい。今の貴方に許された唯一の権利よ…」


-望まぬ死をばら撒くものと成らぬ為に死ぬか


-望まぬ死をばら撒くものを殺す為に生きるか


魔女は少年に選択を与えた。
どう選んでも、何かの死からは避けられぬ道を。

「どちらかを選べるんだな?」
-----止メロ

「選べるわ。坊やにその意志があるならね?」

ゾワリと影が蠢く。
しかし侵食は進まない。
後一歩のところで、少年の心は折れなかった。

「なら……オレは…!」
----------止メロ!!

少年の意識に《影》が割り込もうと激しく蠢く。
それは思い出したくもない悪夢のような地獄。
何処からともなく現れた集団に蹂躙される町のイメージ。
目を逸らすことが出来ない、脳に直接焼き付けられる映像がフラッシュバックする。

血にまみれた人々、その血で喉を潤すもの、バラバラの体をまるでパズルのように弄るもの、自らの駒として従えるもの
肉を喰むもの、研究と称して身を斬り開くもの、動かなくなった女を挿し貫き悦ぶもの、全ての尊厳と命奪うもの
生きる者として忌むべき狂気。しかしてそれは妄想ではない、現実にあった出来事だ。

少年は全てを見ていた。何も出来なかった自分さえも。
少年は聞いていた。自分を逃がした父の掠れた断末魔の声を。

それは一時間にも満たない直前の記憶だった。
世界の平和がどれほど長らえようとも、局所的に一瞬で崩れ去った日常はもう返る事はない。

憎めと影は叫ぶ
呪えと影は囁く
殺せと影は望む

奪うものを許すなと騙り、自らも奪う側に回ろうとする。
そして…一度は流され、少年は多くを奪った。
淡々と自らが生きるために相手の生を否定した。
血脈に刻まれた古の理が暴走し、見境なく相手の死を量産するだけの機構に取り込まれた。

----生ヲ願エ!死ヲ望メ!

矛盾した妄執、生きとし生けるものが逃れえぬ…その力は本能だった。
生物は生きる時、何かを奪わなければ生きられない。
大気であれ、水であれ、或いは命であれ、自らで生み出すことの出来ない何かが生きるためには必要になる。
しかし、影の我欲は過ぎたもの…際限の無い拡大解釈の果てに生まれた、尽きる事が無い故の絶望なのだろう。

「…今、一時オマエを殺す。そして力を貰うぞ、その絶望を殺すために!」

斯くして少年の意志は闇を凌駕する。
囚われていた枷と、閉じた世界が砕かれて吹き飛んでいく。

「ようこそ、灼滅者。ようこそ、偽りの秩序を殺す人」

魔女は不敵に笑い囁く。
それが少年が受けた新しい生の在り方なのだと。
白く染まる視界と共に解き放たれようとする意識の片隅で少年は呟く。

「ああ……面倒なことに……なったな……」



次に少年が目を覚ました時、そこは見知らぬ病室のベッドの上だった。
まるで全てが酷い悪夢だったのかと、そんな希望を抱かなかったのかと言えば嘘になる。
だが、自分の身に起こったことが真実であることは明白だった。

意識すれば世界の全てに死が見えた。
視認出来る何か…というわけじゃない。
ソレが何をどうすれば殺せるのか、最適な方法はという自問に即座に回答が浮かぶ。

(ああ、ダメだ…)

思い浮かんだものを頭を振って追い出す。
制御出来るだけマシとは言え、予想以上に厄介なものを抱えてしまったと今更ながら思わずにはいられない。

「……で、あれが本当の出来事だったとして…あれから何があったんだ?」

溜息を一つ吐いて落ち着いたところで、少年は改めて置かれた現状を思う。
弱ったことに、意識を失ってから今までの記憶は全くない。
眠っていたようなものだから、当然といえば当然なのだが。

情報を仕入れようにも、この部屋には見事に何もない。
テレビくらい備え付けられていても良さそうなものだが。
ついでに持っていたはずの携帯電話も何処かへ行ってしまっていた。

(身体は…大丈夫、動く。となれば外に出るしかないか…)

筋肉の動きや血流から、自分の体の不調を知ることは、父親に仕込まれて以前から出来る芸当だった。
しかし、今はより鮮明に解る。自分の挙動を全て数値化して把握可能なほどに。

動けるならば躊躇する必要は無いと、いつの間にか着せられた寝巻きのまま、少年がベッドから出ようとした時だった。
不意に病室の扉が開き、見覚えのある顔が入ってくる。

「あら、三日振りね。ようやくのお目覚め?」

言うほど驚いた様子も無く、「銀の魔女」は缶コーヒーを片手に少年へ近づく。
少年はというと、知人に声を掛ける特有の気安さに、尚の事あの出来事が夢の類ではないことを悟る。

「三日?オレは三日も寝てたのか…」

「ベタな台詞ね。そ、ぞろぞろ集まってる六六六人衆の奴らから、坊やを隠して連れ出すのは結構重労働だったわよ」

コーヒーに口を付けながら、魔女はわざと恩着せがましい物言いで少年にあの日のことを語る。
聞けば、此処はあの町からそう遠くない都市の病院だという。

「それについては、ありがとう…って言っておく」

「それについては…ね。含みがある言い方ね」

「お互い様だろ。アンタがただの善意でオレを助けたわけじゃないことは大体解ってる…」

しっかりと目を見据えて問う少年に、魔女はフッと笑を零す。
自分への認識が、思いの外正しかったことが、殊更気に入ったらしい。

「そういう率直な物言いは好きよ、ワタシ。
さて、なら何から話すべきかしらね。
そうね…最初に言っておくとしたら、こっちの世界で生きるなら相応の覚悟を持つことね」

「今更だな…、あんな目に遭って一人だけ生き残っておいて、のうのうと生きれるとは思ってない」

「サバイバーズ・ギルト?そういう考えは長生きしないわよ。それにそういうのを覚悟とは言わないの」

揶揄うようでありながら、魔女の目は真摯に戒めの意図が篭っていた。
少年は結果として生き延びたのかもしれない。しかし、生かされたわけではない。
生きることを望み、しかし…平穏な生き方は二度と出来ない道に足を踏み入れたのだから。

「これから、貴方には長い…長い戦いをして貰わなきゃならない。
この世界を本当に統治している見えざる支配者達との、命懸けの戦いをね」


魔女が語るのは、この支配された世界の真実。
ダークネスと呼ばれる侵略者、或いは支配者の作り上げた歴史を。
少年が為さねばならない事が何であるかを。

「まぁ、長いこと人間は劣勢を強いられてたワケだけど、まさか『除湿機』一つで状況をひっくり返されるとは思わなかったでしょうね」

「つまり…、敵の主戦力が動けなくなった今は、人間側が攻勢に出れる状況ってことなのか?」

「万が一にも勝てない連中がいなくなっただけで、大抵の灼滅者は正面からダークネスに向かって行っても千が一勝てるかどうか」

出現規模が日本に限られ、行動が散発的になった…それだけでも十分なのだと魔女は言う。
おかげでようやく万に届くだけの灼滅者が生き延びられる時代が来たのだと。

「アンタも、それで生き残った灼滅者ってことなんだな」

「…そうね。ワタシが知っているのはこんなところよ。
話を聞いた上で、最後にもう一度だけ問うわ…。それでも生きることを望むのね?」

とんでもない話に巻き込まれたと少年は思う。

(…いや、そうじゃない。人間はとっくの昔にみんな巻き込まれてたんだ)

心の影には闇がある、負の感情があることは当たり前だっと思って生きてきた。
誰もがそれを押さえ込んで人生を生きる中で、時にどうしたって理不尽な挫折や絶望を負わされることがある。
或いは「運が悪い」とか「運命」なんて言葉で片付けることもあるのかもしれない。
例え欺瞞に満ちた謀略であったとしても、人は誰も気がつかずに必死に生きようとする。
その必死さを嘲笑う誰かがいることも知らずに。

「逃げても逃れようのない面倒事か。…だったら、戦うしかないじゃないか」

あまり変わらない少年の表情だが、瞳の奥には確かな意志があった。

「その絶望を殺すって決めたんだから」

己の闇である万死を望むという影に告げた言葉を繰り返し、少年は自らの道を定める。
それが茨の道であろうとも、既に往く道は他に無い。

「結構。それじゃ、とりあえず東京を目指す傍ら…簡単な仕事をこなしてもらうわ。
ダークネスと戦う以外、一般的に非合法なやつもやってもらうけど…出来る?」

「やるしかないんだろ?」

「そうよ、まずは場数を踏みなさい。戦うための技術を磨きなさい。
なんでもない普通の学生だった過去を捨てて、生きる術を知りなさい」

少年を導く魔女は嗤う。
この後、しばらくして二人は武蔵坂学園へと赴くことになる。
全ては既に学園に関係していた魔女の狙い通りに。

「そういえば、名前を聞いていなかったわね、坊や」

「いい加減言おうかと思ってたけど、坊やじゃない。小碓八雲、それがオレの名前だ」

少年…八雲は仏頂面で答える。

「それは悪かったわね、八雲。
ワタシの名前はエレナ・フラメル。呼ぶなら尊敬を込めて《ウィザード》でも良いわよ」

魔女…エレナは底意地の悪い微笑みを浮かべる。

全てが終わり、全てが始まる。
あの日の殺戮は、結局…誰の記憶にも残ることは無く、まるで元より存在していなかったように町は地図からその姿を消した。
ただ一人の生存者を残して、歴史はまた一つ世界に死を刻む。

死した町の片隅に転がった携帯電話の灯火が消えると共に。

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戸来 聖司だった人
年齢:
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男性
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1995/07/22
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銀誓館学園学生⇒災害救助で国際的な英雄になったらしい
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