基本は仮プレイング置き場
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風を突き抜けるような音と共に、瞬く間も無くオレの視界が逆転する。
真っ青な空から天地の引っ繰り返った世界を目にするまで僅かに一瞬のことだった。
更にズドンという重い音と同時に背中から突き抜けるような鈍痛を味わう。
「オイ…惚けてる暇は無ぇぞ、坊主」
大の字で寝ているオレの頭の上から、そんな声が聞こえる。
地面に叩きつけられた衝撃で飛んでいた意識を徐々に取り戻すと、ようやく事情が見えてきた。
(…ああ、また投げ飛ばされたのか)
こうして空を仰ぎ見るのは幾度目だったか、途中から数えるのも億劫になって止めていた。
そして、其の度に重く軋む身体を引き起こして立ち上がることを繰り返す。
ヨロヨロとふらつきながら身を起こすと、ニヤリと笑う男が立っている。
不精に伸びた髪と髭と深い傷痕だらけの顔。
使い古された皮のコートを羽織った男の纏う気配は、はっきり言って尋常じゃない。
否、言い方を変えよう。「カタギ」の雰囲気ではない。
それはそうだろう、数年前まで人の命を躊躇うことなく奪うような世界に身を置いていたのだ。
男の名は「宮本銀次」。
かつてフランス陸軍外人部隊に所属していた経験を持つ元軍人。
そして…15年前に銀誓館へ入学していた。無論、能力者として。
「情けねぇ面だな、もうへばったのか聖司?」
「…まだやれる」
「そうかい。…が、そのままやっても結果は見えてるな。
オイ、お嬢ちゃん。一枚頼むわ」
オレを試すように言う宮本に目一杯強がりを吐いてやると、案の定、解っているとばかりにオレから視線を外した。
外した視線の先には、長い金髪に巫女服というコスプレかと思うような風体の少女が岩の上に座って携帯ゲーム機を弄っている。
「守宮かなめ」。色々あって役所には妹として届けているが、実際は赤の他人という妙な関係にある。
「ん…、また?…聖司は弱過ぎるのよ、治癒符も無限にあるわけじゃないんだから、自重して欲しいのよ」
そう言って、かなめは袖の中から一枚の紙切れを取り出し、「イグニッション」と呟くと、オレに向かって紙切れを投げつけてくる。
同時にかなめの頭には大きな耳のようなものが付き、袴の後ろには大きな毛の塊…尻尾が現れる。
投げた紙切れには、ぐねぐねとした文字のようなものが浮かび上がって「符」となり、オレにピタリと張り付く。
「別に使わせたくてやられてるわけじゃない。…大体、普段ロクに外に出たがらないお前がなんで此処にいるんだ?」
「………きつねうどんとバサラ。オン・ロホウニュタ・ソワカ」
「買収か。安いな、土地神」
「お供えに対する正当な御利益なのよ。はい、もう大丈夫でしょ」
オレの指摘をあしらってやったと言わんばかりに満足げに尻尾が揺れる。
だが、過去何度か食事を差し入れてやっても、オレに何かを返そうとしたことはない。
多分、食物とゲームソフト以外にも絶対何かを掴まされている。
「よし、なら休憩は終わりだ。続けるぞ、聖司」
回復の符術を受けて体の動きが軽くなったのを感じると、ほぼ同時に宮本がオレを呼ぶ。
「…解った。それにしても、相変わらずアドバイスは殆ど無いんだな?」
言葉に従って向き合う。
そして構えたついでに、オレは宮本に多少不満に思っていたことを投げかけてみた。
「ハッ…、何を言うかと思えば。最初に言ったはずだぜ、俺はお前好みの戦い方なんて教えてやれないってな」
「それは知ってる。アンタの専門分野は殺し合いであって、武術家でもなんでもないって言うんだろ?」
「そいつが解ってるなら、俺が答えるまでもねぇはずだ。まぁ、殺し合いをご希望なら話は違ってくるがな」
まぁ、こう答えるだろうということは想像していた。
つまりは自分に最適だと思うところをやられながら覚えろと言いたいのだ。
宮本の役割はオレを叩きのめすことであって、コーチをする気は無い。
ただそれでも、春に銀誓館に来たときに比べれば、相手をして貰えるだけ有難いと思う。
「悪いな、今もそいつに対する答えは変わってないんだよ」
「そうかい。だったら何百回でもぶっ倒してやるから、生き残る気でかかってこい!」
そんなやりとりを交わしながら、殴りかかったオレが再び地べたに這い蹲るまで、それほど時間はかからなかった。
そもそも宮本との付き合いは、大体1年前だ。
正直なところ、出会わなければ良かったと思う。
それについてはお互いに意見が一致している。
もっとも、別に嫌悪し合っているわけじゃない。
出会い方がある意味では最悪だった…それだけの話だ。
ーーーよう、まだ生きてるな?
見たこともないバケモノに襲われていたオレに、宮本が最初にかけた言葉がそれだ。
宮本はオレの命の恩人だ。この男があの場に現れていなければ、オレは今生きていない。
そして、父さんの遺書を見つけることも出来ずに銀誓館に来ることも無かった。
しかし…、元を辿ればオレの両親が死んだのも、オレ自身が襲われたのも自分のせいなのだと宮本は言う。
その意味をオレはまだ問うことが出来ていない。
能力者でありながら、ゴーストの犠牲になった両親を救えなかったことに対して、過度の自責を負っているだけだと思うこともできる。
ただ、そんなことは悲しい話だが無いわけじゃない。運命予報士が必ず被害が出る前を予見出来るわけでもなく、オレもそんな依頼を請け負ったことがある。
だから、そういうことではないのだろう。十数年も能力者をやっていた男がそれだけのことで現実に目を伏せるようなことをするとは思えない。
さりとて宮本は頑なにその話題を拒む。
ただ一言、父さんと母さんが生きていたら絶対に会うことは無かったのだと、それだけを繰り返す。
故にこの出会いは不幸なのだ。分岐点となった原因が不幸であるなら、それに連なる現実もまた同じ。
少なくとも、その側面を否定することは誰にも出来無いのだろう。
だから、オレはせめてこれ以上の不幸を広げないことを選んだ。
そのために、宮本に戦い方を、これから生きていくための術を教えて欲しいと願ったんだ。
「まぁ、今日はこんなものか。ふん、もう半年か…早いもんだな」
「本当によくやるのよ。不毛にただ倒されるだけで何が得られるのよ?
…貴方も、なんで付き合うのよ?」
妖狐のお嬢ちゃんが、一仕事終えた俺に興味があるのか無いのかイマイチ図りかねる表情で問い掛けてきた。
なるほど、傍から見てると疑問に思うのはもっともだった。
「さっきも聖司に言ったがな、俺は武術を教えることは出来ねぇ。
そもそも俺自身習ったこともなければやったこともない。
昔は殺す気の喧嘩を覚えて、日本を出てからは軍隊で今度は本当に殺すための技術を覚えた。
…それは聖司も知ってることだ。だからこいつは俺にCQCを教えろと言ってきやがった」
「CQC?それも一応武術じゃないのよ?」
「重火器は使えないが、何でも良いから相手を無力化するかぶっ殺せ。
CQCなんてのは言っちまえばこれだけだ。どこぞの誰かが軍隊で磨いたやり方を護身術なんて型にはめ込んだ武術もあるんだろうが、俺は知らん」
極端な話だが、戦場で空手でもボクシングでも良い、それで相手が殺せるならCQCになりえる。
だが往々にしてそれが戦場で通じる訳もない。だから、色々な体術から技法を抽出してマニュアル化された対処法が一応は存在するのだ。
もっとも、それは人間相手だからこそのマニュアルで人間の常識が通じないゴースト相手にどれほど役に立つものか。
「はっきり言って、聖司は特別運動神経が良いわけじゃねぇ。恐ろしく頭が切れるわけでもねぇ。
武術をやるには平々凡々、取り立てて向いてるところがあるとは思えねぇ。上を見たらキリが無ぇほど聖司より強いのはいるだろうよ。
まぁ、本人も別にそういうのになりたいわけじゃねぇみたいだがな」
「なかなかボロクソに言うのよ。…でも、それだけ言ってもこうして協力するのはなんでなのよ?別に諦めさせるってつもりもないみたいだし」
「…生きるための勘だけは良い。
入学早々にド素人の状態でゴーストタウンに放り込んでも、抗体ゴーストの群れに突っ込ませても生き残るくらいにな。
どんな環境に適応して生き残るのが人間の強みなら聖司は良い人間になるぜ。だから、俺がこいつに教えるのは生き残り方だけだ」
俺の言葉に、お嬢ちゃんはしばらく黙り込む。
まぁ解っていない事は無いと思う。掴みどころがない風体だが、聡明であることは何となく解る。
「ようするに難題の対処法を自分で考えろってことなのよ。
面倒な話…、だったらその説明をしたらいいと思うのよ」
「ハッ、解ってねぇなぁ…お嬢ちゃん。
それを考えるのも訓練ってやつなんだよ。与えるものを絞って考え続けさせる。
考えることを止めちまったら、特別な才能の無い人間なんざあっという間に食われちまうぜ。
まぁ、今やってることに聖司が自分で気がつくなら話は別だがな」
時々考えることがある。
このやり方が、人に何かを教えることが苦手な俺の言い訳なんじゃないかと。
結果的に聖司はまだ生きている。誰かを盾にすることもなく、むしろ誰かの盾になってもなお生きている。
ーーーオレはまだ死ねない。だから、戦い方を教えてくれ。
半年前に聞いた言葉に、オレは嫌な予感を覚えた。
このままでは、こいつは俺と同じ轍を踏む。それだけはさせまいと思った。
弱い自分を恐れ、何も出来ない自分を恐れ、誰かを盾にして無様に生き残った自分同じ過ちを。
「…まぁ、ゴーストの巣を山ほど掻い潜って人の前に立って戦えるようにはなった。
それでようやく見えたんだろうな、ただの生き残るから戦って生き残るってことが」
今は思う。全てが杞憂であったと。
結果的に周りに助けられて生き残ってきた側から、聖司は自らが誰かを生き残らせる側へ回ろうとしている。
保身でも自己犠牲でも無い。人間の生き方として。
「仰る通り面倒なのさ、人間ってやつはな」
気絶して大の字に倒れる聖司を眺めて俺はニヤリと笑う。
しばらくしたら叩き起してやろう。まだまだ教えることは山ほどあるのだから。
真っ青な空から天地の引っ繰り返った世界を目にするまで僅かに一瞬のことだった。
更にズドンという重い音と同時に背中から突き抜けるような鈍痛を味わう。
「オイ…惚けてる暇は無ぇぞ、坊主」
大の字で寝ているオレの頭の上から、そんな声が聞こえる。
地面に叩きつけられた衝撃で飛んでいた意識を徐々に取り戻すと、ようやく事情が見えてきた。
(…ああ、また投げ飛ばされたのか)
こうして空を仰ぎ見るのは幾度目だったか、途中から数えるのも億劫になって止めていた。
そして、其の度に重く軋む身体を引き起こして立ち上がることを繰り返す。
ヨロヨロとふらつきながら身を起こすと、ニヤリと笑う男が立っている。
不精に伸びた髪と髭と深い傷痕だらけの顔。
使い古された皮のコートを羽織った男の纏う気配は、はっきり言って尋常じゃない。
否、言い方を変えよう。「カタギ」の雰囲気ではない。
それはそうだろう、数年前まで人の命を躊躇うことなく奪うような世界に身を置いていたのだ。
男の名は「宮本銀次」。
かつてフランス陸軍外人部隊に所属していた経験を持つ元軍人。
そして…15年前に銀誓館へ入学していた。無論、能力者として。
「情けねぇ面だな、もうへばったのか聖司?」
「…まだやれる」
「そうかい。…が、そのままやっても結果は見えてるな。
オイ、お嬢ちゃん。一枚頼むわ」
オレを試すように言う宮本に目一杯強がりを吐いてやると、案の定、解っているとばかりにオレから視線を外した。
外した視線の先には、長い金髪に巫女服というコスプレかと思うような風体の少女が岩の上に座って携帯ゲーム機を弄っている。
「守宮かなめ」。色々あって役所には妹として届けているが、実際は赤の他人という妙な関係にある。
「ん…、また?…聖司は弱過ぎるのよ、治癒符も無限にあるわけじゃないんだから、自重して欲しいのよ」
そう言って、かなめは袖の中から一枚の紙切れを取り出し、「イグニッション」と呟くと、オレに向かって紙切れを投げつけてくる。
同時にかなめの頭には大きな耳のようなものが付き、袴の後ろには大きな毛の塊…尻尾が現れる。
投げた紙切れには、ぐねぐねとした文字のようなものが浮かび上がって「符」となり、オレにピタリと張り付く。
「別に使わせたくてやられてるわけじゃない。…大体、普段ロクに外に出たがらないお前がなんで此処にいるんだ?」
「………きつねうどんとバサラ。オン・ロホウニュタ・ソワカ」
「買収か。安いな、土地神」
「お供えに対する正当な御利益なのよ。はい、もう大丈夫でしょ」
オレの指摘をあしらってやったと言わんばかりに満足げに尻尾が揺れる。
だが、過去何度か食事を差し入れてやっても、オレに何かを返そうとしたことはない。
多分、食物とゲームソフト以外にも絶対何かを掴まされている。
「よし、なら休憩は終わりだ。続けるぞ、聖司」
回復の符術を受けて体の動きが軽くなったのを感じると、ほぼ同時に宮本がオレを呼ぶ。
「…解った。それにしても、相変わらずアドバイスは殆ど無いんだな?」
言葉に従って向き合う。
そして構えたついでに、オレは宮本に多少不満に思っていたことを投げかけてみた。
「ハッ…、何を言うかと思えば。最初に言ったはずだぜ、俺はお前好みの戦い方なんて教えてやれないってな」
「それは知ってる。アンタの専門分野は殺し合いであって、武術家でもなんでもないって言うんだろ?」
「そいつが解ってるなら、俺が答えるまでもねぇはずだ。まぁ、殺し合いをご希望なら話は違ってくるがな」
まぁ、こう答えるだろうということは想像していた。
つまりは自分に最適だと思うところをやられながら覚えろと言いたいのだ。
宮本の役割はオレを叩きのめすことであって、コーチをする気は無い。
ただそれでも、春に銀誓館に来たときに比べれば、相手をして貰えるだけ有難いと思う。
「悪いな、今もそいつに対する答えは変わってないんだよ」
「そうかい。だったら何百回でもぶっ倒してやるから、生き残る気でかかってこい!」
そんなやりとりを交わしながら、殴りかかったオレが再び地べたに這い蹲るまで、それほど時間はかからなかった。
そもそも宮本との付き合いは、大体1年前だ。
正直なところ、出会わなければ良かったと思う。
それについてはお互いに意見が一致している。
もっとも、別に嫌悪し合っているわけじゃない。
出会い方がある意味では最悪だった…それだけの話だ。
ーーーよう、まだ生きてるな?
見たこともないバケモノに襲われていたオレに、宮本が最初にかけた言葉がそれだ。
宮本はオレの命の恩人だ。この男があの場に現れていなければ、オレは今生きていない。
そして、父さんの遺書を見つけることも出来ずに銀誓館に来ることも無かった。
しかし…、元を辿ればオレの両親が死んだのも、オレ自身が襲われたのも自分のせいなのだと宮本は言う。
その意味をオレはまだ問うことが出来ていない。
能力者でありながら、ゴーストの犠牲になった両親を救えなかったことに対して、過度の自責を負っているだけだと思うこともできる。
ただ、そんなことは悲しい話だが無いわけじゃない。運命予報士が必ず被害が出る前を予見出来るわけでもなく、オレもそんな依頼を請け負ったことがある。
だから、そういうことではないのだろう。十数年も能力者をやっていた男がそれだけのことで現実に目を伏せるようなことをするとは思えない。
さりとて宮本は頑なにその話題を拒む。
ただ一言、父さんと母さんが生きていたら絶対に会うことは無かったのだと、それだけを繰り返す。
故にこの出会いは不幸なのだ。分岐点となった原因が不幸であるなら、それに連なる現実もまた同じ。
少なくとも、その側面を否定することは誰にも出来無いのだろう。
だから、オレはせめてこれ以上の不幸を広げないことを選んだ。
そのために、宮本に戦い方を、これから生きていくための術を教えて欲しいと願ったんだ。
「まぁ、今日はこんなものか。ふん、もう半年か…早いもんだな」
「本当によくやるのよ。不毛にただ倒されるだけで何が得られるのよ?
…貴方も、なんで付き合うのよ?」
妖狐のお嬢ちゃんが、一仕事終えた俺に興味があるのか無いのかイマイチ図りかねる表情で問い掛けてきた。
なるほど、傍から見てると疑問に思うのはもっともだった。
「さっきも聖司に言ったがな、俺は武術を教えることは出来ねぇ。
そもそも俺自身習ったこともなければやったこともない。
昔は殺す気の喧嘩を覚えて、日本を出てからは軍隊で今度は本当に殺すための技術を覚えた。
…それは聖司も知ってることだ。だからこいつは俺にCQCを教えろと言ってきやがった」
「CQC?それも一応武術じゃないのよ?」
「重火器は使えないが、何でも良いから相手を無力化するかぶっ殺せ。
CQCなんてのは言っちまえばこれだけだ。どこぞの誰かが軍隊で磨いたやり方を護身術なんて型にはめ込んだ武術もあるんだろうが、俺は知らん」
極端な話だが、戦場で空手でもボクシングでも良い、それで相手が殺せるならCQCになりえる。
だが往々にしてそれが戦場で通じる訳もない。だから、色々な体術から技法を抽出してマニュアル化された対処法が一応は存在するのだ。
もっとも、それは人間相手だからこそのマニュアルで人間の常識が通じないゴースト相手にどれほど役に立つものか。
「はっきり言って、聖司は特別運動神経が良いわけじゃねぇ。恐ろしく頭が切れるわけでもねぇ。
武術をやるには平々凡々、取り立てて向いてるところがあるとは思えねぇ。上を見たらキリが無ぇほど聖司より強いのはいるだろうよ。
まぁ、本人も別にそういうのになりたいわけじゃねぇみたいだがな」
「なかなかボロクソに言うのよ。…でも、それだけ言ってもこうして協力するのはなんでなのよ?別に諦めさせるってつもりもないみたいだし」
「…生きるための勘だけは良い。
入学早々にド素人の状態でゴーストタウンに放り込んでも、抗体ゴーストの群れに突っ込ませても生き残るくらいにな。
どんな環境に適応して生き残るのが人間の強みなら聖司は良い人間になるぜ。だから、俺がこいつに教えるのは生き残り方だけだ」
俺の言葉に、お嬢ちゃんはしばらく黙り込む。
まぁ解っていない事は無いと思う。掴みどころがない風体だが、聡明であることは何となく解る。
「ようするに難題の対処法を自分で考えろってことなのよ。
面倒な話…、だったらその説明をしたらいいと思うのよ」
「ハッ、解ってねぇなぁ…お嬢ちゃん。
それを考えるのも訓練ってやつなんだよ。与えるものを絞って考え続けさせる。
考えることを止めちまったら、特別な才能の無い人間なんざあっという間に食われちまうぜ。
まぁ、今やってることに聖司が自分で気がつくなら話は別だがな」
時々考えることがある。
このやり方が、人に何かを教えることが苦手な俺の言い訳なんじゃないかと。
結果的に聖司はまだ生きている。誰かを盾にすることもなく、むしろ誰かの盾になってもなお生きている。
ーーーオレはまだ死ねない。だから、戦い方を教えてくれ。
半年前に聞いた言葉に、オレは嫌な予感を覚えた。
このままでは、こいつは俺と同じ轍を踏む。それだけはさせまいと思った。
弱い自分を恐れ、何も出来ない自分を恐れ、誰かを盾にして無様に生き残った自分同じ過ちを。
「…まぁ、ゴーストの巣を山ほど掻い潜って人の前に立って戦えるようにはなった。
それでようやく見えたんだろうな、ただの生き残るから戦って生き残るってことが」
今は思う。全てが杞憂であったと。
結果的に周りに助けられて生き残ってきた側から、聖司は自らが誰かを生き残らせる側へ回ろうとしている。
保身でも自己犠牲でも無い。人間の生き方として。
「仰る通り面倒なのさ、人間ってやつはな」
気絶して大の字に倒れる聖司を眺めて俺はニヤリと笑う。
しばらくしたら叩き起してやろう。まだまだ教えることは山ほどあるのだから。
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